いを残らず頭に入れ、しかも、もっと人間として根本的に違う点を、ちゃんと見落さないことです。観察力が鋭いということはどういうことを意味し、どういう利益があるだろう。もうひとつ例をあげると、ここに一人の青年がいる。この青年は初めて見るのだが、一体何をしているんだろう? この問いに、間違っても非常に面白い答が出せる人は観察力があるといえる。例えば諸君のうちには、既に舞台の経験を積んだ人がいる。そういう一人を初めてみて、これは俳優だといいあてるものがあったら、これは観察の天才です。殊に新劇の俳優というものなどを、そう誰でも、俳優だといいあてることはできません。しかし、そういう風にぴたっと当てないでも面白い返事というものはある。非常に俳優という観念にあてはまらない、新しい一人の俳優に対して、この人は何をしている人だろうといった場合、それの面白い返事は何かというと、非常にそれと近いか、或はかなり遠いけれども、その職業と俳優とは一点共通なものを持っている、他の面では非常に違うが、ある一点だけ共通しているものを持っている、そういう職業をパッという。それが面白い返事です。そういう返事ができる人は観察力があるというわけです。もう一つ電車の中で長い時間ずうっと自分の前に大勢の人が並んでいる。そういう場合、相手の人をそれとなく観察することが出来る。年を取った人、若い人、女の人、男の人、或いは立派な身成りをした人、みすぼらしい身成りをした人、いろいろなのがある。ところで、その人達に点数をつけることができます。例えば、それを全部俳優と仮想して、これに点数をつけてみせることができる。しかし、種々雑多の、社会のいろいろな人がいる場合、一体何を標準にして点数をつけるかが問題です。いろんな標準でつけられます。大学生として、中年の紳士として、結婚適齢期のお嬢さんとして、なんでもいい。私はこれを、一般の人に通じる人間的魅力という点に標準をおいてやってみるのが面白いと思っています。それは特に諸君にもやっていただきたいと思う。つまり、こういう標準で点数をつけるということが一番俳優の勉強になる。電車の中に並んでいる人物の中で、どの人が一番面白い人間か、或は一番人間として魅力があるか、その標準はいつの場合でも通用します。誰がやってもいい。そうして、それを相手にいわなければ少しも失礼ではない。この点数のつけ方という
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