い。たゞ、疲れないことです。止らないことです。何時までも歩いて行くことです。そして、「ある時機」が来なければ「始め」ないことです。
志望者。それは結局「何も始めない」ことになりはしませんか。
私。僕自身は、何も始めなくてもいゝのです。「始める」といふことが一つの名誉なら、その名誉は誰かに譲りませう。諸君も、それだけの決心がなければならない、日本の新劇を滅すものは、皆が早く「始め」過ぎることです。
志望者。あまり用心深いことも考へものではありませんか。数多く舞台を踏むといふことも大事ではないのですか。
私。大事であると同時に危険です。これからの俳優は、職業的関節不随に陥ることを避けなければなりません。見給へ、今日の俳優は、何れも、何処か知ら発育不全のまゝ、その畸形的な姿を舞台の上にさらしてゐる。これは肉体的にと云ふよりも寧ろ精神的にです。一寸見たところでさへ、ある種の感情が全く眠つてゐるとしか思へない人々がざらにあります。想像力にしてもさうです。
志望者。わかりました。それだけのことを伺つて置けば、僕にも決心のつけ方があります。何れ、採用していたゞくか、どうか、考へた上で御返事することにします。
私。あゝ、さうですか。君の方から返事を、……あゝ、さうですか。
[#ここで字下げ終わり]
底本:「岸田國士全集21」岩波書店
1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「創作時代 第二年第四号」
1928(昭和3)年4月10日発行
初出:「創作時代 第二年第四号」
1928(昭和3)年4月10日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年5月1日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング