オートイユ

 午前十時。
 テオフィール・ゴオチエが――勿論晩年の――犬を連れて通る。
 サン・モオルの尼僧が、藤棚のあるヴィラの門を潜る。
 郵便配達が靴の紐を結び直す。
 雀が馬糞に集る。
 初夏。


     花市

 ニイスの薔薇がポオの椿に笑ひかける。
 椿は笑はない。
「お早う」――チュリップには訛りがある。
 寝ざうの悪いダアリヤ。
 鈴蘭はもう朝湯をつかつたらしい。


     ヴァンセエヌの城門

 ――こゝへ来たら……?
 ――ジェルミニイ、そこぢや見えるよ。
 ――月が出たのかい?

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本文中*印の句は鈴木信太郎訳ボオドレエル「交感」による
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底本:「岸田國士全集19」岩波書店
   1989(平成元)年12月8日発行
底本の親本:「言葉言葉言葉」改造社
   1926(大正15)年6月20日発行
初出:「新小説 第二十九年第十一号」
   1924(大正13)年11月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年9月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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