情慾が服を光らすキャフェ・ド・パリのテラス。
一週間滞在の旅客が宝石屋の飾窓にしがみつく。
それが若し東洋の紳士なら、英語で「面白いものを見せてやるから……」と云つて見給へ。
モンマルトル
巴里の哄笑と吐息――
傍若無人な粋士と感傷的虚無主義者とが踊り子の脚を批評する。
こつちは、オスカア・ワイルドの親友でなければ、ロオトレツクの弟子か。
どつちでもない。それぢや「|取り持ち《マクロオ》」だ。
日曜服のタイピストなんか御免だと云ふやつ――など。
機智――「僕といふ人間が存する、それがわるければ御免なさい」
趣味――「すぐわかつちや面白くないね。しかし、考へるのはいやだ」
哲学――「どうにかなつて行くよ」
ルウヴル博物館
一日で一と通り観たといふものは何も観てゐない。
一と月通つてアングルを観たといふものは、アングルだけについて話すことを許される。
一年間、毎月二度つゞ、足を運んだものは、もう一年かゝつて、始めから見直す必要があるだらう。
わたしは、宝石を鏤めたルイ十四世の王冠の前で、ラシイヌの詩を想つた。
バスチイユ牢獄の跡
――こら、こら、そんな処に寝とつちやいかん。
植物園
何をしに来たのでもない。
何を観に来たのでもない。
プランシェといふ活動俳優――それに似た動物がゐたからとて、さほど愉快でもない。
そのくせ、よく足が向く。
さういふ家が、どうかするとあるぢやありませんか。
ノオトル・ダム寺院
よく見る絵だ。
鐘の音なら詩人の屋根裏で聴け。
ユゴオはブウルジュワだ。
怪物が水を飲みたがつてゐる(同じ夢を二人が見ないとは限らない)
セエヌ河
釣りをする男
それを見てゐる男
サン・クルウの森が霞の中に浮んでゐる。
それから煙突……
――静かだなあ!
エッフェル塔
何かを下へ投げて見たい――
例へば指環のやうなものを…………。
トロカデロの芝生か、廢兵院の庭に、それが落ちたとする。
トロカデロの芝生なら、子守女の指にそれがさゝる。
廢兵院の庭なら、七十年戦役の勇士が、日なたぼツこをしてゐる――その薬缶頭の上で刎ね返る。
「糞《メルド》!」
――|それから《エ・ビヤン》……?
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