悩みと死の微笑
岸田國士
私は芥川氏の作品を、半分ぐらゐしか読んでゐない。また直接言葉を交したのは、前後僅か三四回にすぎぬ。
生前極めて交遊の広かつたらしい同氏から見れば、一度もその私宅を訪れたことさへない私の如きは路傍の人に等しかつたらうが、それでも「遊びに来い――是非行く」といふやうなことは、お互に云ひ合つた。
芥川氏は、最も早く私の仕事に興味をもつてくれた人の一人である。そして、折にふれ漏らした感想の断片が、人伝ながら私の耳にもはいつた。私は――敢て云ふなら――芸術上の知己として同氏に感謝してゐた。尤もこれは、私ばかりではないらしい。彼の鑑賞の広さと、趣味の豊富さと、それから真に「文学を愛する」稟質とがあらゆる傾向、あらゆる色調、時にはあらゆるキヤプリスに対してまでも、十分の理解と同情とを吝まなかつたやうに思はれる。
芥川氏はどこか世紀末の詩人等に似てゐた。これは、全くどこか似てゐるのであつて、その文体とか、思想とか、性行とかいふやうな、はつきりした比較ではない。私が彼を仏蘭西象徴派の詩人等に似てゐるといふのは、強ひて言葉を設ければ、「芸術家としての悩み」に於いてである
次へ
全3ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング