と思ふ。この「悩み」は、同時に「芸術家としての意気」であり、「矜恃」であり、そしてまた常に「陶酔」である。彼等は絶えず、彼等に相通ずる「美の幻影」に悩まされ、酔はされてゐた。
 私は彼の眼に映じた「暗い死の魅力」をも、その一つに数へたい。――彼と私とは、最近ボオドレエルの臨終について語つたことを記憶してゐる。
 ある人は彼の作風をアナトオル・フランスに比したやうだが、これは違ふ。もちろん、どんなに似てゐるものでも、違ふ部分の方が多いものだが、この比較は少し見当外れだ。
 芥川氏は、仏蘭西の作家を愛してゐたやうだが、遂にその誰からも本質的な影響を受けなかつたらしい。一見模倣とさへ思はれる「ルナアル風の短文」にしても、恐らくルナアルの心境からは遠い心境によつて綴られたやうに思へる。これは芥川氏の恥ではない。仏蘭西文学にとつての損失だ。
 アナトオル・フランスの微笑、バアナアド・シヨウの微笑、芥川竜之介の微笑――この三つの微笑が、同じ皮肉の花びらを彩るニユアンスこそ、三つの民族、三つの文学を隔てる永遠の謎であらう。
 そして最後に、芥川氏自身を殺したのは、この微笑――このあまりに日本的な微笑
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング