ました。それがどういふ意味か、兄さんにわかりますか。僕は家のことを考へたのです。北満の空は暗雲に覆はれてゐました。僕はいつでも死ぬ覚悟でゐたのに、やつぱり、家を出てゐられる兄さんのことが気がかりでした。ところで、今、かうして家に帰り、少し気持も落ちついて来て、自分の将来のことをあれこれと思ふのですけれども、これは実に不思議な変りやうです。ご承知のやうに、僕の宿望は博物研究です。肩書で云ふならば理学博士です。高校、大学といふ課程は当然踏まなければならぬと思ひ込んでゐたのです。それが、一旦、生死の境を越えて来た僕にとつては、まつたく他愛ない妄想に過ぎなくなりました。僕は、この郷土を離れたくありません。この古びた陰鬱な屋敷が、僕の魂をまだ育てゝくれるといふ気がするのです。そこには、僕の志と一体になり得る光明があることを、やつと発見したのです。家が百姓でないことは残念ですが、土地の人々の表情は僕に冷やかでないばかりでなく、僕の態度ひとつで、それが熱烈に燃えあがる何ものかを包んでゐることがわかりました。僕はおやぢの後をついで竹細工をやります。そして、段々に動植物の本を読み、実地の観察を丹念にやり
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