ます。さういふ努力の結果が中央の学界を刺戟することになればもつけの幸ひです。結局は、僕の学問に対する情熱が、郷土と家とをはなれてあるのではなく、寧ろ、それへの愛着と献身とによつて一層確かなものになるといふ信念に到達したのです。
そこで、僕は兄さんにご相談したいのです。男の兄弟は僕たち二人ですから、本来なら兄さんが家に留まるべきだと思ふのですが、それは恐らく無理でせう。兄さんは恵まれた才能に従つて東京で好きなことをやつて下さい。日本の経済界の立て直しをやつて下さい。僕は、幸ひ次男として、誰からも強ひられず、不本意ながらといふのでなく、自分の興味と本性の命ずるまゝに、兄さんに代つて家を護ります。わが××町のために一生を捧げます。どうか、僕のこの願ひをそのまゝ信じて下さい。
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 鳥居朝吉君は、読み終つた手紙を膝の上に置き、「畜生ッ」と肚のなかで叫びながら、ぐつと胸をつまらせた。

     禁酒

 浦野今市君は八歳の時から酒の味を覚え、三十五歳の今日、酒さへあれば何もいらぬといふほどの酒好きになつてしまつた。
 八歳の時から酒の味を覚えたといふのは、彼が酔へば必ず誇
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