張を交へて語る昔話によると、父親が将来酒の飲めぬやうな男になつてはいかんと、小学校へ上つた年から彼に晩酌の相手をさせたといふ。従つて、十一歳にして既に管《くだ》を捲いたほどの神童で、と、これが人を笑はせる「落ち」なのである。
浦野今市君は、むろん今では一家のあるじである。貞淑な細君と、可愛らしい二人の子供とを、月九十何円かの月給で養つてゐる。
生活は決して楽ではない。その上、最近は債券を買つたり、貯金をふやしたりするために、消費の節約が絶対に必要とあつて、細君に気を揉ませるまでもなく、当人自ら進んで、酒代といふものを予算からきれいに削除してしまつた。
予算はきれいに削除したけれども、そこにはまだ余裕があつて、たまには好い機嫌で家に帰ることもある。懐をいためないで酔ふ方法がなくもなかつたのである。
ある日、浦野今市君は、しみじみとした調子で細君に話しかけた。
「おれは不思議なことを発見したんだが、同じ酒でも、近頃のやうに、只の酒ばかり飲んでると、どうも人間がだんだんひねくれて来るやうな気がする」
「それごらんなさい」
と、細君は、憂はしげに眉を寄せる。
「だから、どうしたらいゝ
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