気味わるくさへ思つた。
 しかし、なんで、その事にわざわざ触れる必要があらう。
 細君は、それが初めからのことのやうに、良いとも、悪いともいはなかつた。たゞ、目立つて無口になる夫に、一言でも多く喋らせる工夫をした。家の中の火が消える思ひであつた。
 日曜日の午後である。
 浦野今市君は、庭の小さな花壇を野菜畑に掘り返すことを思ひたち、長女の二年生に二十日大根の種を袋のまゝ持たせ、
「まだ袋を開けちやいかんよ。ちやんと畝《うね》を作つてからだよ。かういふ風に塊りのないやうに土をならしてからでないとね」
 お隣で借りた本物の鍬を、浦野今市君は、娘の前で、さも玄人らしく、軽々と振つた。
 そこへ、珍しく、旧友の遠山三郎が訪ねて来た。
 種はあとで蒔くことにして、浦野今市君は、ひとまづ手を洗つて座敷にあがつた。
 遠山三郎は、別に用事があるわけではなかつた。たゞ、最近南方から得た便りなどを二、三紹介し、誰彼の幸、不幸について噂をし、総理大臣の健康を案じ、そして、最後に、酒を特別に飲ませる家を見つけたから、
「是非久しぶりに君を誘はうと思つてね」
 と、なにも知らぬ風で、話をそこへもつて行つた。
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