あり、この技術の修得は、劇作家の本質的感覚にまつべきであるとしたら、田中君は、正しく稀有の素質を恵まれた劇的才能である。「おふくろ」一篇は、その間の消息を語るに十分であるが、なほ、この「涙ぐましき小喜劇」をして、溌剌たる生命感の上に、一脈朗らかな詩味を漂はしめるものは、疑ひもなく作者の真摯な芸術家的「眼」である。そこに「おふくろ」の人物は、すべて、われわれの胸に活きて、親しむべく愛すべき存在となり、科白の一つ一つは、単なる思ひつきではなくて、魂の秘かな囁きとなるのである。この舞台を観て、観客のすべては、刻々に自分の姿、自分の母親、自分の息子、自分の同胞の姿を発見し、悲しみ、憤り、軽蔑し、感謝しつゝ、かつ、表面は微笑し、苦笑し、失笑し、遂に、笑ひ泣きをしてしまふ。怖るべき愉しい戯曲である。



底本:「岸田國士全集22」岩波書店
   1990(平成2)年10月8日発行
底本の親本:「大阪朝日新聞」
   1933(昭和8)年11月24日
初出:「大阪朝日新聞」
   1933(昭和8)年11月24日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年9月5日作成
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