者の一つの型を代表してゐる、この型は、必ずしも理想主義者の中にばかりあるのではない。おい野添、お前も、幾分、この部類だぞ!
――馬鹿いへ!
さて、野添と呼ばれた男は、真青な顔をして起ち上つた。彼は、さつきからウイスキイのコツプを次ぎ次ぎに注文し、女給が、驚いたやうな眼をして、「まだ召上るの?」と訊ねても、黙つて、空になつたコツプの底を皿にコツ/\と当てゝゐた。彼は飲みはじめると、バアを五六軒歩かないと気がすまぬ男だとされてゐる。もつと正確にいへば、さうしないと、自分で気がすまぬと信じてゐる。
――そんなら、お前だつて「女を愛すること」を愛する部類の人間だ。大きなことをいふな!
主知的感傷派と自称する彼は、そこで、人間が今日、総てのものを、直接に愛するだけで満足しなくなつた傾向について論じはじめた。愛書癖を、その好適例として持ちだした。われわれが、何々を愛するといふ態度のなかに、田巻安里のコーヒーにおけるが如きものを見ない場合があるかと喝破した。旧くは骨とう[#「とう」に傍点]にしろ、盆栽にしろ、釣りにしろ、新しきは、登山にしろ、銀ブラにしろ、西洋煙草にしろ、趣味を離れては技術
前へ
次へ
全9ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング