それは、大都会にも探せばあるでせう。地方の小都市には、それでも旅行者の眼につくほど残つてゐます。しかし、最も普通に、そこにもかしこにもしつかりと根を張つてゐるのは、都会を離れた農村だと私は思ひます。
 痛ましく荒れ朽ちた農家をみるのは、都会のいはゆる貧民窟をみるより心淋しいものですが、それに反して、いくらかの立木に囲まれたおつとりとした旧家の、広くはなくても掃き清められた中庭に面して、大根や柿などを軒に吊した日当りのいゝ母屋の縁に、孫の守りをしながら糸を紡いでゐる一人の老婆の、静まり返つた姿などをふとみかけると、もうそれだけで私は、頭がさがり、胸が熱くなるのであります。そこには、なんと説明のしやうもない日本の「家」の香りが漂つてゐて、歴史の尊さといふやうなものが感じられます。ひとつの光明であります。
 かういふ「家」なら、現代の日本には、まだ数限りなく存在する筈です。これが日本の強みだとは云へますまいか。
 日本の農村が国の力として重要な位置を占めてゐるといふことは、たゞ、そこが主な食糧の生産場であるばかりではなく、最も数多い壮丁の健康な培養地だからであつて、農本国家と称せられる意味も
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