内村直也君の『秋水嶺』
岸田國士
内村君の処女作『秋水嶺』は、非常に素直な力作である。戯曲といふものに十分興味をもち、しかも卑俗な方向をねらはずに、舞台の芸術的効果を計算して作り上げられてゐることがわかる。
所謂「お芝居」をさせずに、必要な筋の起伏を盛るといふことは、作者の文学的才能と人生的経験に俟つ外はないが、内村君の若さは、たしかにこの題材の前で汗を流してゐるやうに思はれる。経験の世界と想像の世界とが、年齢を境界として目立つた一線を劃してをり、主題の全貌が観念の露出のままに終つてゐる個所がないとはいへない。にも拘はらず、作者が企図し、寧ろ主要な目的とした生活環境の描写には、特殊な観察を以て組立てられた地方色とその底を流れる青春のノスタルジイが、多少月並ではあるが、可なり執拗に、従つて、ある迫力を以て、一貫した快適なリズムを形づくつてゐることは見逃せない。
人物としては、やはり、篤と三郎、この二人の青年の対照が面白い。意識的に与へられたそれぞれの性格よりも、作者が無意識的にこの二つの生命に織込んだ自分自身の姿、その思想、趣味、気分、いづれも、現代青年の一部を代表する空気のやう
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