百二十四年の夏だ……女房危篤の知らせで……。
神谷  実は、話といふのは、ほかでもないがね……。(時計を見る)
一寿  え?
神谷  お嬢さん方はまだお勤めか……。何時頃だい、退けるのは?
一寿  上の奴は、今日は夜学へ出る筈だ。下の奴はもうぢきに帰つて来る。
神谷  夜学にまで引つ張り出されるのか?
一寿  自分で志願したんださうだから、世話はないさ。なんでも、その方は無給でやつてるらしい。

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間。
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神谷  君も長男を亡くしたとなると悦子嬢には養子だね。
一寿  オー・ノン・メルシイ。
神谷  さうか、我党の士だな。うん、時にその話だがね、愛子さんの方を先に片づけるつていふのはまづいかなあ?
一寿  ああ、愛子つて云へば、あの節はいろいろどうも……。当人も非常に感謝してるよ。近頃の娘は働くことを自慢にしとるやうだ。レコード会社とは、それにしても陽気でいい。どんなもんだらう。うまく勤まつてるかな。
神谷  大丈夫さ。社長の木崎が馬鹿に力瘤を入れてるから。なかなかシヤキシヤキしてるつていふ話
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