を云ふから有難いよ。副領事になると、とたんに、首が飛んだなんてこたあ、誰も知りやしない。海外放浪二十年、多少は法螺も吹けるしね。若い医者を煙に捲くぐらゐなんでもないさ。(紅茶を運んで来たらくに)そんなものより、葡萄酒の方がいい。平民的に行かう。忘れたかい、クレベエルのカフエーでさ、月給前になると、――エ・ギヤルソン、ドウウ・ブランなんて呶鳴つたもんだ。
神谷  競馬で摺つた後なんかもね。さう云へば、この奥さんだな、(壁の写真を見ながら)苦労をさせたのは。留守宅俸給を逆為替で捲き上げたりなんかしてさ。
一寿  (葡萄酒の栓を抜きながら)いや、ほんとの苦労は、それから先だ。マドリツドで首を切られた後、十年間義務不履行といふ時代があつたんだ。女房は、しかし、泣きごとを云つて寄越さなかつた。吾輩は、アルヂエリヤへ渡つて、一と旗挙げるつもりでゐたところが、ほら、欧洲大戦だ。まあ、一ついかう。目論見は外れる、かへる旅費はなしさ。ええい、糞ツていふわけで……。
神谷  義勇兵だらう。その話は聞いた。
一寿  さあ。(杯を挙げる)
神谷  (これに応じて)レジオン・ドヌウルの健康を祝す。
一寿  千九
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