さう、伯父さんてばね、あたしみたいな娘、女学校へ通はせとくのは勿体ないんですつて……。
らく  ほんとだよ。
桃枝  少女歌劇へ出たら、さぞ人気が出るだらうつて云ふの。
らく  馬鹿だ、あの伯父さんは……。さ、そいぢや、これは後のことにして……。お前、ちよつと火鉢のお火をみといておくれ。(干してある礼服の埃を払ひ、それを持つて奥にはいる)

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桃枝も、一旦奥へはいるが、再び現はれて卓子の上の通帳をめくつてみる。眼を見張つたり、口を尖らしたり、笑ひを噛み殺したりする。やがて廊下に跫音。急いで、素知らぬ風を装ひ、バルコニイの方へ歩を運ぶ。
らくがコサツク帽を手にもつてはいつて来る。
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桃枝  なあに、それ?
らく  トランクの底から出て来たの。
桃枝  これで帽子だわ。
らく  惜しいことに、こんなに虫がついて……。
桃枝  (独語のやうに)なんだか変ね、この家《うち》……。こんな帽子かぶる旦那さんがゐてさ、十年も前に死んだ奥さんの写真が、あんなところに飾つてあつてさ……。
らく  (帽子をバルコ
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