月の午後。
家政婦奥井らく(三十八歳)が、卓子の上で通帳を調べてゐる。
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らく  (通帳から眼を離さずに)桃枝、桃枝……桃ちやん……。(返事がないので、起ち上つて扉の方へ行く。出会ひがしらに水兵服の少女が現はれる)さつきから呼んでるのに……何処へ行つてたの? ご不浄?
桃枝  (首をふりながら、なんとなくもぢもぢしてゐる)
らく  (嶮しく)二階へ上つたね。なぜ、黙つてそんなことをしますか? ここはお前の家ぢやないんだよ。
桃枝  …………。
らく  (なだめるやうに)今これがすんだら、お茶でもいれるから、あつちのお部屋で雑誌でも読んでらつしやい。
桃枝  ひとりぢやつまんないわ。もうそんなもんのぞかないから、母さんあつちへ来てよ。
らく  駄目、駄目、うるさくつて……。
桃枝  だつてあたし御手伝ひするつもりだつたのよ。(間)母さん月給いくら貰つてんの、あててみませうか?
らく  当てなくたつてようござんす。
桃枝  あたし学校を出たら、その月から三十円稼いでみせるわ。
らく  どうぞ御自由に……。
桃枝  さう
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