お小遣も、たうとう有耶無耶で出すことになつた。ところで、吾輩がそいつを渋々出してると思ふかね。とんだ間違ひだ。オー・コントレエル。吾輩は、何時もびくびくもんで――そのうちに突つ返されやしまいかと思ひながら――それこそ、顔も見ないやうにして放り出すんだ……。
神谷 先生たちは、君の暮し向きについて、別に知らうともせんのだな。
一寿 実は、近頃少々、手元を見透かされ気味でね。なかなか、うつかりできん。――お父さんは痩我慢を張つてるなんて、二人が蔭で笑つてやすまいかと思つてね。
神谷 笑つてるね、たしかに。吾輩も可笑しくつてたまらんよ。
一寿 ぢや、そのつもりで一杯あけてくれ。(葡萄酒を注がうとする)
神谷 もう沢山。君の話を聞いてゐると、世の中に子供をもつぐらゐ不幸はないといふことになる。
一寿 従つて、君ぐらゐ仕合せな男はないといふことになる。細君は、相変らず、君を叱るかね。
神谷 あんな婆は問題ぢやない。有つて無きが如しさ。
一寿 ほんとに無ければなほよろしいか。
神谷 (玄関の方を振り返り)誰か来たやうだね。ぼつぼつ失敬しよう。
一寿 なに、娘だらう。丁度いいから
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