ひを立ててからといふ始末だ。知つての通り、母親もなく……。
神谷  さう、まあ、悄げるなよ。
一寿  悄げるわけぢやないが、勇気はまるでない。娘たちと一緒に暮すことさへ、気兼ねだ。そこで、此間も、――どうだ、お前たちは、もつと自由な空気を吸へ、アパート生活でもしてみる気はないか、さう云つてやると、二人とも顔を見合して、結局、不賛成さ。どういふわけかと思つたら、自分たちが稼ぐ分だけは、今迄どほり勝手に使ひたいと云ふんだ。吾輩程度の分際では、生活費をまるまる補助するといふことは、こりや無理にきまつてる。が、そこだて。吾輩の恩給の七十円なにがしといふもんを、月々そつちへ廻さうかと云つてみた。すると、今度は、どういふ返事をしたと思ふね。
神谷  むろん、異議あるまい。
一寿  異議はない。ただし、どうせ呉れるんなら、このままかうしてゐて、それだけお小遣に貰つた方がいいといふわけさ。
神谷  なんだつて、さう小遣がいるんだ。
一寿  上の奴には、妙な道楽があるらしい。
神谷  道楽とは?
一寿  慈善さ。寄附行為さ。
神谷  ほほう、珍しいね。
一寿  いゝかね、そこでだよ、その七十円なにがしの
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