半年ぐらゐの間、その二人の男を、一方には飽くまでさうなつたことを打明けず、一方には、以前の男を棄てたやうに見せて、大胆つていふか、図々しいつていふか、まるで良心のない生活を続けて来たの。どうかしなけりや、どうかしなけりやと思ひながら、一日一日がたつてしまつたのね。でも、たうとう、来るものが来たと云つていいわ。その二人は、同時に、あたしから瞞されてゐたことを知つたわけよ。そして、一方ではもう、その噂が校長の耳にはいつてるの。一昨日、あたしは校長の前に呼ばれて、然るべく身の始末をするやうに云ひ渡されたの。校長は、そりやあたしを信用してたの。その信用が、職務の範囲を越えて、ある時は、個人的な親愛とまで感じられる程度だつたから、若しあたしさへその気になれば、これもどんなことで……と、内心不安に思ふやうなことさへあつたわ。その校長が、あたしに、さういふ宣告を下さなけりやならないんだから、随分皮肉ね。
一寿 さ、熱いうちにどうだ?
悦子 ええと、ああ、さうだわ……。将来を慎めば、今度のことは内密にして、何処か離れた土地へ、三人とも別々に転任させてもいいつて、校長は云つてくれたんだけど、男が二人とも、それは承知しないの。前の男は、かうなつたのは自分が悪いんだから、過ぎ去つたことは過ぎ去つたこととして、どうしても一緒に、これから二人で生活の建て直しをしようつて、きかないの。後の男は後の男で、自分の方にその権利があるつて譲らないから、あたしは、もう、はつきり自分の考へが云へなくなつてしまふぢやないの。一方はまだ二十五で、一方はもう……たしか三十だわ。二人を並べると、あたしの気持は、十分、前の男の方に傾いてゐることはわかつてるの。
愛子 若い方ね?
悦子 ええ……。でも、さういふ気持を別にしても、その方が正しいんぢやないか知ら……?
一寿 (自分の珈琲を飲み干し)おい、折角のが冷めちまふぢやないか。
愛子 (黙つて、卓子に近づき、珈琲茶碗を取り上げる)姉さん、それだけの話?
一寿 なにをお前たちは、こそこそ話してるんだ?
愛子 秘密の話よ。パパは聞かなくつていいの。(姉の方に近づく)
悦子 興味ない?
愛子 そこまでは事件の筋道ね。スキヤンダルになるかならないかは、姉さんの態度ひとつだわ。
悦子 どうすればいいの?
愛子 あたしならつていふ返事はできるけど、姉さんの場合は、さあ、どうか知ら?
悦子 これで二十八よ、あたしはもう……。どういふ意味でも、新しく出直すつてことが、女にはもうできない年になつてるのよ……。あんたの何時か言つた、勇気もお金も時間もない、今の場合を考へて頂戴……。なにが恐ろしいつて、あたしは、一人つきりになることよ。(涙を拭く)
愛子 (突然大声で笑ひ出す)
悦子 (キツとなり)どうして笑ふの?
愛子 ごめんなさい、つひ笑ひたくなつたの……。
悦子 いいわよ。笑ひたけりや笑ひなさいよ。やつぱりさうなんだわ……。あんたみたいな冷血に、なにを云つたつてわかるもんか! 今日限り、姉妹の縁を切るわよ。洋妾みたいな生活をして得意になつてたら大間違ひだわ。あんたには、心の悩みなんてものがないんでせう。男の顔がお金にみえて、毛皮の外套が幸福のシンボルなんでせう……。
一寿 また喧嘩をはじめたのか。月に一度、云ひ合ひをしに此処へ来るんなら、わしやもう、部屋を貸してやらんぞ。
愛子 姉さん……。何時かのことを思ひ出さない? あたしが、あんな口惜しい思ひをしてる時に、姉さんは、口で優しくあたしをなだめながら、心の中で、笑つてゐたぢやないの……。あたしが馬鹿に見えたんでせう? あたしが泥だらけになつて、それがうれしかつたんでせう……? だから、同情にならないとは云はないわ。それがあたしたちの同情よ。相手を慰める悦びに、人は酔ふことがあるのよ。姉さんは、それだつたのよ。それを有難がる相手もあつていいでせう。あたしはちつとも有難くないの。だから、あたしは、人にもそれをしないのよ。悪く思はないで頂戴……。
悦子 そんな理窟、聞きたくない。あたしは心から、あんたの不幸を悲しんであげたんだ。
愛子 悲しんでくれて、それがどうなつた? 人間の不幸が若し過ちから生れるもんなら、さういふ不幸を、先づ、笑ふのがほんとだわ。あたしはむろん、今、そんな意味で笑つたんぢやない。姉さんが、心の中で、あたしを笑つた、あの笑ひ方を、声に出してみせてあげたのよ。わかつて? おつしやる通り、アイコだわ。
一寿 あああ、いい加減によさないか? わしは腹がへつて来た。(さう云ひながら、室内を歩きまはる。喧嘩がすむのを何時もの通り待つてゐるのである)
悦子 ぢや、それで勘定はすんだわけね。序に、これからは、赤の他人になりませう。妹がゐると思ふ
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