から、あたしも一人になるのが淋しかつた。もう、今日限り会ふこともないでせう……。(起ち上り)お父さん……。あたし、また近いうちに出直して来るわ。
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悦子は、さう云ひながら、部屋を出て行く。
一寿と愛子とは、それを見送る。
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一寿 姉さんはどうしたんだ? なにを怒らしたんだ?
愛子 また素敵な仲直りをしたいもんだから、思ひ切り、腹を立てたふりをするのよ。パパは、姉さんの味方をしなきや駄目よ。それから、今日は、あたし一人でつまんないから、これで帰るわ。御馳走する予定で、これ持つて来たから置いてくわよ。(紙幣を卓子の上に投げ出す)
一寿 (慌てて)ええい、また、そんなことをする! わしは、それが嫌ひだつて云つてるぢやないか。持つて帰りなさい、持つて帰りなさい、そんなもの……。少しぐらゐ小遣が自由になるからつて、無駄使ひを覚えなさんな。
愛子 ぢや、これで、靴下でも買はうツと……。(紙幣をハンドバツクにしまひ)ぢや、さよなら……また、来月……。
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愛子は、ゆるゆる戸口から姿を消す。一寿は、その方は見ずに、上着を脱いで、戸棚からパンのカケラを取出し、チーズを片手につまんで、あちこちと歩きながら、代る代るそれを口に運ぶ。ラヂオの音楽が、この情景の底を皮肉に彩つて――
[#ここで字下げ終わり]
[#地から5字上げ]――幕――
底本:「岸田國士全集6」岩波書店
1991(平成3)年5月10日発行
底本の親本:「現代戯曲 第二巻」河出書房
1940(昭和15)年9月17日発行
初出:「中央公論 第五十年第一号」
1935(昭和10)年1月1日発行
※底本の二重山括弧は、ルビ記号と重複するため、学術記号の「≪」(非常に小さい、2−67)と「≫」(非常に大きい、2−68)に代えて入力しました。
入力:kompass
校正:門田裕志
2007年1月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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