は別として、我儘な女としては、成り立たんこともないと思ふが……それでは、父親の僕が相済まんわけだ。そこは、平に御容赦を願ふとして、いいかね、今日はひと先づ、あいつの我儘をゆるしてやつて下さい。人間は感情の動物といふが、女はまた格別だ。まあ、気分が悪いといふ口実を設けよつただけでも、あいつにしては可愛らしいと、そこは、男の方で腹を見せてやり給へな。
田所 僕は、女の心といふものをそれほど深く識つてる筈もないんですが、愛子さんのその態度は、まつたく、不可解と云つたぐらゐでは済まされないもんです。そちらで、飽くまで事実を否認なさるんなら、それで僕も万事を了解しませう。ただ、最後のお願ひとして、その一言を、愛子さんから直接伺ひたいもんですが、どうでせう?
一寿 それがさ、君、今云ふ通り……。なにしろ、二十四と云つても、女はまだ子供だ。一人歩きはできんのだよ。自分を求めてゐるのだと知つた相手に対して、婉曲な拒絶の方法など考へられるものか。そこで、気分が悪くなつたり、腹痛を起したりする……。
田所 いいえ、僕は婉曲な断り方なんかして欲しくありません。はつきり、厭やなら厭やで結構です。但し、僕としては、愛子さんになぜ、こんな卑怯な、そして歯痒い取扱ひを受けなけりやならないのか、なぜもつと堂々と、僕に会ひたくないなら、ない――好意がもてなくなつたら、もてなくなつた釈明をしてくれないのか、その点だけを訊ねたく思ふんです。でなければ、僕は諦めるにも諦められないぢやありませんか。いつたい全体、この家ぢゆうの者がどうかしてるんだ!
一寿 大きな声を出さないでくれ給へ。隣近所があるんだぜ。印度洋の真ん中と違ふよ。
田所 印度洋の真ん中なら、あなた方の命《いのち》は、もうとつくになくなつてる筈だ!
[#ここから5字下げ]
彼は、憤然と席を蹴つて、入口の方に去りかける。一寿は、慌ててそれを遮らうとするが、彼の出て行く方向が玄関なので、ほつとした形で、その後姿を見送つてゐる。
しばらくすると、らくが、おどおどしながらはいつて来る。茶器を片づけはじめる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
らく お昼はどういたしませう。
一寿 (その方を見ないで、やや無言。やがて)今の話を聞いてゐたか?
らく いいえ……ええ、ところどころ……。
一寿 昼は、
前へ
次へ
全35ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング