ん、愛ちやん、すばらしいピアノを買ふんですつて……。独逸製よ……。
一寿  そんな金が何処にあつた?
愛子  安い出物があつたの。もち[#「もち」に傍点]、セカンド・ハンドよ。たつた四百円ですもの。
一寿  だから、そんな金を何処から引出したんだ。
愛子  あら、引出すつていへば銀行ぢやないの?
悦子  お父さん、御存じない? 愛ちやんは財産家よ。(妹に眼くばせをして)云つてもいいこと?
愛子  人の貯金のことなんか、どうだつていいわよ。さうさう、ねえ、パパ、このお人形、あたしに頂戴ね。せんから欲しかつたの。(飾棚の和蘭人形を取上げる)
悦子  あら、ずるいわ。
一寿  そいつはなあ……まあいいか。人にやるんぢやないよ。
愛子  (奥に向ひ)ちよつと、おらくさん……小母さん……あたしの部屋の電球とり替へといてくれた?

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奥で、「あ、さう、さう」といふらくの声。
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悦子  球なんか自分で替へなさいよ。

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そのうちに、らくが、電球を持つて現はれる。
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らく  これでよろしいでせうか。

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愛子は引つたくるやうにそれを受け取つて、すかしてみる。
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愛子  駄目よ、これ、二十四ワツトぢやないの? 四十でなきや、暗くつて、字も読めないわ。
一寿  (娘のやや粗雑な言葉の調子を聞きとがめ、しばらく、ぢつと眼をつぶつてゐるが、やがて)おい愛子、それから悦子、お前たちに云つておくがね……。(長い間)この女《ひと》は、もう雇人ぢやないんだよ。

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この突然の宣言に、女たち三人は、それぞれの驚き方で、すくむやうに後退りをしながら、互に妙な会釈を交す。
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一寿  お前たちに「お母さん」と呼ばせるかどうか、そこまではなんとも云へない。お前たちの意見もあることだらう。ただ、かういふことは、内証にしておくべきでないと、今ふと考へついたんだ。お前たち二人は、なんにも心配しないで、伸び伸びと、自分の生活を築いて行きなさい。こ
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