る。
悦子 それ、なんのためだつたの?
一寿 寝かせつけるためさ。二人とも泣虫でしやうがなかつた。
悦子 お母さんはさういふ時、どうしてらしつたの?
一寿 さあ、なにをしてたか?
愛子 知つてるわ。お里へ帰つてらしつた。
一寿 畜生、聞いたな、その話を。
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間。
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悦子 兄さんが学校のお友達を大勢連れて来て「やい、みんな、欲しいやつに、おれの妹やるぞ」なんて呶鳴つてたの、あれ、幾つぐらゐの時か知ら……。あたしつたら、その前へ呼び出されて、平気で立つてたのよ。……さうね、平気でもなかつたけれど……。子供の時分つて、考へると、こはいわ……。
愛子 さ、しんみりしちやつたら、出掛けませうよ。今夜は忙しいのよ。
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そこへ、らくが、テーブルを片づけに来る。
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らく おなかがお空きになりましたでせう。
悦子 いいえ、さうでもないわ。御飯の用意まだでせう。あたしたち、もう出掛けるの。
らく おや……。
愛子 いいのよ、そんなにびつくりしないだつて……。外で食べるつもりなんだから、どうせ……。
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一寿が妙な咳払ひをする。らく、急いで退場。
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一寿 近頃、洋食といふもんが、まるで口に合はん。お前たちは、洋食洋食と云つて騒ぐが、あんなもん、何処がうまいんだ。
悦子 丁度いいぢやないの、おらくさんはバタの臭ひを嗅ぐと胸がわるくなるつて云つてるから……。
一寿 (悦子に)おい、二階から洋服の上着をもつて来てくれ。いや、わからんかな。わしが行かう。(出で去る)
愛子 さつきの手紙ね、おやぢ、ほんとに見当つかないか知ら?
悦子 あたしはつくけど……。
愛子 後生だから、姉さん、余計な干渉しつこなしよ。
一寿 (帰つて来て、紙幣の束を卓子の上に投げ出し、知らん顔をして、煙草に火をつける)
愛子 (それを全部そのまま自分の方へ引寄せ、悦子に)ぢや、これで、こないだの分、みんな貰つとくわよ。かまはなくつて?
悦子 (笑ひながら)しかたがないわ。またいる時借りるから……。お父さ
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