の女《ひと》も、半生は不仕合せだつた。わしも弱かつた。これも縁だらう。黙つて見逃しておくれ……。
[#ここから5字下げ]
らくと悦子とは、云ひ合はしたやうに顔を伏せる。愛子は、ひとり、昂然と、父の方を見据ゑてゐる。
父親退場。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
悦子 ぢや、ちよつと、あたしたち出て来ますわ。
[#ここから5字下げ]
娘達退場
らく、室を出ようとする。
娘桃枝、そつと現はれ母親の顔を見る。
[#ここで字下げ終わり]
二
[#ここから5字下げ]
舞台は前に同じ。
数日後の日曜日――午前十時頃。
一寿と田所理吉(二十九歳)。主客は卓子を挟んで向ひ合つてゐる。田所は、二等運転士の服装、健康な赭顔に絶えず微笑を泛べてゐる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
田所 あれが香港かハワイあたりだつたら、病院も相当なのがありますし、ことによつたら、あんなことにならずにすんだかも知れません。しかし、丁度、発病の時機もわるかつたんです。
一寿 いろいろ、みなさんにお世話をかけたことだらう。日頃の不養生が祟つたんだね。酒はあまりやらんやうだつたが、あの通り、どか食ひ[#「どか食ひ」に傍点]をしよるんでね。
田所 いや、初郎君なんか、まだ神妙な方ですよ。去年の夏、一緒に伺つた岡田なんて奴は……。
[#ここから5字下げ]
そこへ悦子が現はれる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
悦子 愛子はなんだか気分がわるいんで、失礼するつて申してますわ。少し風邪気味らしいんですの。
田所 (ぢつと悦子の顔を見つめ)ちよつと顔だけ見せるつてわけに行きませんか。
一寿 今朝、食事の時は起きて来よつたぢやないか。
悦子 起きてはゐるんですよ。でも変な顔してお目にかかるのいやなんでせう。さうさう、岡田さんはどうしていらしつて?
田所 相変らずですよ。今もお話したんですが、奴さん、この夏お嫁さんを貰ひましてね……。
悦子 あら……。
田所 それで可笑しいんです。上陸するたびに、まあ家へ帰るのはいいとして、船へ戻つて来ると、きまつて腹をこはしてるんです。なんでも、いきなり汁粉をこさへさせて、そいつを朝昼晩と食ふらしいんですな。
悦子 まさか
前へ
次へ
全35ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング