人間は実に稀であると思ひます。然らば、それがどうしてさういふ左翼思想に趨つたか。
 大体われわれは小学校を出る時分、昔の高等小学校を了へるくらゐの年輩になりますと、所謂人間の理想といふやうなものに目覚めて行く。即ち人間は一体どういふ風に生きるのが一番立派であるか、さういふ一つの目標がほゞ頭の中に出来かゝつて、それがこの時分から段々明確になつて行くわけですが、この頃に人間性といふものゝ貴さといふか、或は魅力といふか、さういふものに非常に心が惹かれるやうになる。さうしてそのやうな気持のなかにどういふものがあるかといふと、それは今日日本でも倫理で教へてゐることで、所謂真善美といふやうな三つの要素に対する極めて純真な憧憬であります。これが中等学校に行く頃、或は中等学校へ行かない者が家庭の仕事を手伝ひ、若しくは商店、工場等に働きに行くといふ頃になつて、自分の生活の中にこの真善美といふものを一体どういふ風にうち樹てるかといふことに就て迷ひだす。といふのは、要するにその実現性、可能性といふものを殆ど見失ふわけです。つまり、現実に社会を見、自分の周囲を見て、自分の接するいろいろな事物、人間といふものゝ
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