ね。ぢや、人違ひかしら……? あたし、この頃、どうかしてるのよ。(男優Bに向ひ)あなた、あたしを待つててくれたんでせう。
男優B  うん? あゝ、さうとも……まあ、掛け給へ。誰かと思つたら、君か。さつきから、どうも君ぢやないかと思つてたんだ。久し振りだね。手紙ついた?
女優C′[#「C′」は縦中横]  なに云つてるの。昨日《きのふ》会つたばかりで、久し振りだとか、手紙ついたかとか、いやだわ。あたし、たうとう、あの家《うち》出ちやつたの。
男優B  あゝ、さう……出ちやつたの。それやよかつた。
女優C′[#「C′」は縦中横]  よかないわよ。今日から浪人よ。どうかして頂戴よ。

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男優A、その辺を歩きまはつてゐたが、やがて
[#ここで字下げ終わり]

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男優A  ぢや。菱刈、また会はう。失敬。
男優B  (何事もなかつたやうに)やあ、失敬。
女優C′[#「C′」は縦中横]  やあ、失敬、お気の毒さま。
男優B  (Aの立ち去るのを見送つた後)こゝもなかなか暑いね。
女優C′[#「C′」は縦中横]  夏だわね。冬と夏とどつちがいゝかしら……。
男優B  君は……?
女優C′[#「C′」は縦中横]  どうしたの?
男優B  僕、会つたことあるかしら?
女優C′[#「C′」は縦中横]  ないわよ。
男優B  ないね。
女優C′[#「C′」は縦中横]  すると、どういふことになるの。
男優B  僕は、少し疲れてるんだ。
女優C′[#「C′」は縦中横]  あたしも疲れてるわ。
男優B  真似《まね》をするのはよし給へ。
女優C′[#「C′」は縦中横]  帰つて寝ようつと……。
男優B  誰とね。
女優C′[#「C′」は縦中横]  余計なお世話よ。その台詞《せりふ》、なんかにあつたわよ。
男優B  (起ち上り)あゝ、草臥《くたび》れた……。

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伸びをしながら、男優B退場。
男優C、三脚を持つて登場。やがて、画家が写生をする恰好で、切《しき》りに右手を動かしはじめる。
女優C′[#「C′」は縦中横]は、はじめなんのことかわからず、もじもじしてゐるが、遂に、画かきの周囲をぐるぐる廻りはじめる。
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男優C  ちよつと、君、そんなとこをうろうろしないでくれ給へ。邪魔になるから……。
女優C′[#「C′」は縦中横]  だつて、こゝは誰が歩いたつていゝとこでせう。
男優C  歩くところはほかにいくらだつてあるだらう。僕がなにをしてるかわからないのか。
女優C′[#「C′」は縦中横]  ふん、それで絵を描いてるつもりなんでせう。よく恥しくないわね。
男優C  (黙つてゐる)
女優C′[#「C′」は縦中横]  (ベンチに腰をおろし)あゝあ、どうしてかう、誰もかれも焦《い》ら焦《い》らしてるんだらう。人に食つてかゝりさへすれや、運が向いて来るとでも思つてるのかしら……。
男優C  (カンヴァスを遠くから眼を細めて眺める恰好をし)人物にはだんだん興味がなくなつて来た。

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長い沈黙。
男優A、咳払ひをする。女優B′[#「B′」は縦中横]登場。
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女優B′[#「B′」は縦中横]  (女優C′[#「C′」は縦中横]に向ひ)飯沼さんつて方《かた》にはもうお会ひしたの? なんておつしやつたい? まさかあんたの註文通りには行かなかつたらう。
女優C′[#「C′」は縦中横]  (しばらく考へて、急に、しくしく泣き出す)
女優B′[#「B′」は縦中横]  泣いてちやわからないわ。兎に角、あんたの気持を伝へたことは伝へたんでせう。うまく云へて? ねえ、静ちやん、姉さん、気が気ぢやないのよ。
女優C′[#「C′」は縦中横]  あたし……あたし……もう駄目だわ……諦めるわ……。
女優B′[#「B′」は縦中横]  感じないのね? それとも、なんか理由があつて、世話は出来ないつていふの。どつちなのよ。
女優C′[#「C′」は縦中横]  それがね、あたしの顔を見ると、いきなり、かう云ふのよ――「君は誰だい。会つたこともない僕に何の用があるんだい」つて……。誰か都合の悪《わる》い人がそばにゐたからなのよ。
女優B′[#「B′」は縦中横]  面倒臭い男ね。そんならどう、静ちやん、あんた、いつそ結婚しちまはない?
女優C′[#「C′」は縦中横]  あの人と?
女優B′[#「B′」は縦中横]  誰とでも……。姉さんに委《まか》しなさいよ。あんた、男らしい男が好きなんでせう。
女優C′[#「C′」は縦中横]  (うなづく)
女優B′[#「B′」
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