に)おや、君は飯沼君ぢやないか。
女優D′[#「D′」は縦中横]  それがね、あなた……。
男優A  僕が此処で人を待つてると、一人の婦人が、可愛い赤ん坊を乳母車に乗せて、偶然前を通りかゝつたんだ。君の細君だと知つて僕は全く驚いたよ。
男優B  さうだらう。偶然なら偶然としておかう。君はこの女に何か用事があるのかね。
男優A  君の細君と知つたから、話をしたまでだ。それが悪《わる》いとでも云ふのかね?
男優B  馬鹿野郎! 飽くまで人を侮辱する気だな。こいつの顔におれの女房だつていふ貼札でもしてあつたか。やい、貴様たちは何時《いつ》からこんなところで会つてるんだ。
女優D′[#「D′」は縦中横]  随分ひどいことおつしやるのね、あなた。今日はじめてお目にかゝつたんぢやありませんか。
男優B  お前は黙《だま》つて家へ帰れ。
女優D′[#「D′」は縦中横]  いゝえ、帰りません。飯沼さんが御迷惑ぢやありませんか。
男優B  それみろ、もうこの男を庇ふ気でゐやがる。よしよし、おれが飛行機で帰つたのは、これこそ天の配剤だ。お前にはもう用はない。早く帰つて、からだの始末を考へろ。
女優D′[#「D′」は縦中横]  そんなこと云つて、後で後悔しないでせうね。
男優B  後悔したらしたで、またそん時の話だ。
女優D′[#「D′」は縦中横]  (立ち去りながら)知りませんよ。あたしは、今日限り家を出て行きますから。ねえ、坊や……これから母さんと二人で、もつともつと楽しく暮しませうね。
男優A  (後を見送つた後)さあ、男同志の話だ。冷静に解決をつけようぢやないか。文句があるなら云つてみろ。
男優B  貴様は、おれの女房と知つて、それをこんなことにしてしまつたんだな。
男優A  想像に任《まか》せる。
男優B  此処以外の場所で会つたことがあるか。
男優A  それも推察に任せる。
男優B  卑怯だぞ。はつきり返事をしろ。
男優A  ぢや、こつちから訊《たづ》ねるがね。君は、どういふ証拠をつかまへて、そんな詰問をするんだね?
男優B  証拠がなけれやいかんと云ふのか。そんなら、そつちこそ、さうでないといふ証拠をみせろ。
男優A  お安い御用だ。一番たしかな証拠と云へばなんだ? これこれを出せと云つてみてくれ。清浄潔白な証拠といふものが、なにかある筈だ。さあ、遠慮はいらん。なんなりと註文してくれ。
男優B  最近、ほかの女から来た手紙でも持つてるか。
男優A  生憎《あいにく》持つてる。持つてるが、そんなものが証拠になるかね。同時に幾人もの女を持つてるといふ例もあるしね。
男優B  女房の名前を云つてみろ。
男優A  僕のかね?
男優B  いゝや、おれのさ。
男優A  そいつを訊《き》いとくのを忘れた。僕は、あんまり、女の名前なんかに興味はないんでね。貞子さん……それとも、操さん……違ふね。郁子さん、すま子さん、芳江さん、ゑみ子さん、加代子さん、とし子さん、れい子さん。……どうだね、まだかね、弥生さん、君子さん、常子さん……。
男優B  それだ。
男優A  これか、常子さん……。
男優B  わざと知らん振りなんかするな。
男優A  常子さんか、覚えとかう。
男優B  おい、飯沼、頼むからほんとのことを云つてくれ。
男優A  おれの云ふことがほんたうかどうか、誰がそれを判断するんだい。
男優B  おれが判断する。
男優A  その頭で判断はむつかしからう。まあ、今夜ゆつくり考へてからにしろ。おれは逃げも隠れもしない。おれの今ゐる家は君の細君が知つてるよ。
男優B  何がなんだかわからん。おれは、急用ができて、今大阪から帰つて来たんだが、さういふ時、家に子供がゐないと、がつかりするんだ。すぐに顔を見ないと、起《た》つても坐つてもゐられない。日比谷と聞いて飛んで来た。すると、女房の奴が、こんなところで……。
男優A  男と媾曳《あひびき》の最中……。
男優B  黙れ。おれに何をする勇気もないと思つてるんだな。

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この時、女優C′[#「C′」は縦中横]が登場し、そつと二人の後ろに廻り、男優Bの頭を抱くやうにして、両手で眼かくしをする。
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男優B  (虚をつかれ)だあれ?
男優A  ぢや、僕はこれで失敬しよう。(起ち上る)
女優C′[#「C′」は縦中横]  (驚いて)いやな人! そつちにゐたの。後ろ向きだつたから間違へたのよ。そんなに怒らないだつていゝぢやないの。随分待つた?
男優A  なに? 僕が君を待つてたつて云ふのかい。冗談云つちやいけないよ。君は一体、なんだい。女には違ひないが、何をする女だい?
女優C′[#「C′」は縦中横]  あら、なにをする女は御挨拶
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