、わたしも、これが自分の最後の仕事だと思つてゐますし、これから先十年、いくら金を儲けてみたところで知れてゐますからね。それより、幾分でも、特色のある事業として、世間にも認められるやうなことがしたいんです。
時田  (とねに)そこへ置いといて下さい。勝手にいたゞくから……。(とね、窓の上に盆を置いて去る)金といふもんは儲けられるだけ儲けようとしなけりや、結局、損をすることになる。あんたの云ふことはよくわかるが、棄てる金があるんでなけりや、人のための仕事なんて、まあ、できつこないね。
州太  それも理屈です。わたしは、これまで、いろんな仕事に手を出して、一つも、満足な結果を得てゐない。あせればあせるほど蹉跌だらけです。一生、金の後を追ひまはしてゐるやうなもんでした。これで、娘の将来さへ安心ができるやうにしておけば、あとは、世間の老人並に、花いぢりかなんかしてゐればいゝんです。
時田  いやに悟つたやうなことを云ひなさるが、あんたの顔には、まだ、野心勃々と書いてある。山で云へば火山さ。油断はならないよ。
州太  さうでせうか。(笑ひながら)まあしかし、さう見えても一向差支へはありませんがね。
前へ 次へ
全75ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング