かだ。いや、あいつのために、いゝか、わるいか……。もう、わしが出てもよからうか。
とね  でも、二葉さんは、あの人に、こんなことも云つてましたよ。――「二人が今、こんな風になつたことは、当分父の耳にも入れずに置きますわ」つて……。
州太  なぜだ、それや……。
とね  あんたが心配すると思つてゞせう。
州太  うむ……。では、知らん顔をしてゝやらうか。
とね  その方がいゝかも知れませんね。諦めるつていふ点から云へば、自分一人の胸に畳んでおく方が、早く諦めがつくでせう。
州太  待て。それとなく出てつて見よう。

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彼が、さう云つて奥へはひりかけると、事務所の外が、急に、ざわざわし始める。扉が開け放される。
見ると、数十人の人夫が、入口を塞いでゐる。その中から、献作が、一人前に進み出る。
州太は、無意識に、防禦の身構へをする。とねは、扉の陰にかくれる。
[#ここで字下げ終わり]

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州太  お前たちは、何しに此処へ来たんだ。
献作  先月分の給料をいたゞきに参りました。
州太  (蒼ざめて)だから、さう云つてあるぢやない
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