す。
州太 事実……どんな事実だらう……。あいつに罪があることかどうか……。
とね やつぱり、男との関係ぢやないんですか。
州太 そんなことが、どうしてわかる。
とね だつて、さういふ事実つていふからには……。それに、ほかのことなら、あんなに二葉さんを責めるわけはないぢやありませんか。
州太 そんなに責めてるか。
とね 可愛想なくらゐですよ。
州太 よし、わしが行つてやる。
とね およしなさい。それこそ見つともないから……。
州太 立ち聴きをするんぢやない。わしから話しをしてやるんだ。
とね 今は無駄ですよ。云ふだけのことを云はしてからの方がいゝでせう。こつちには事情もなにもわかつてないんですもの。なまじつか、あんたなんかゞ口を出すと、変にこぢれちまふわ。待つてらつしやい。もう少し、様子をみてみるから……。
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彼女は、また、奥へ姿を消す。
州太は焦ら焦らしながら、その辺を行つたり来たりする。
その時、菰原献作が、右手からはひつて来る。
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州太 なんの用だ。
献作 ちよつと、旦那にお話したいことがあるんですが……。
州太 後にしろ。
献作 少し、急ぎますんで……。
州太 いゝから、後にしろつたら……。
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献作は、一旦、外へ出るが、また後へ引つ返して来る。
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献作 何時頃が、よろしいんでせう。
州太 明日にせえ、明日に……。今日はもう帰つていゝ。
献作 ですが、さういふわけに行きませんので……。
州太 なに? なにがさういふわけに行かん。お前は、近頃、横着だぞ。
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献作は、ぢろりと州太の方をみて、そのまゝ出て行つてしまふ。
とねが現れる。州太は、急いで、その方に近づく。
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州太 なんだ?
とね 話が面倒になつて来たわ。いよいよ、別れるとか別れないとかつていふところへ来たらしいの。二葉さんは、わりに落ち着いてますよ。物の云ひ方だつて、しつかりしたもんだわ。でも、今のうち、なんとか縒りを戻せないか知ら……。
州太 その方が、二人のためにいゝか、どうかだ。いや、あいつのために、いゝか、わるいか……。もう、わしが出てもよからうか。
とね でも、二葉さんは、あの人に、こんなことも云つてましたよ。――「二人が今、こんな風になつたことは、当分父の耳にも入れずに置きますわ」つて……。
州太 なぜだ、それや……。
とね あんたが心配すると思つてゞせう。
州太 うむ……。では、知らん顔をしてゝやらうか。
とね その方がいゝかも知れませんね。諦めるつていふ点から云へば、自分一人の胸に畳んでおく方が、早く諦めがつくでせう。
州太 待て。それとなく出てつて見よう。
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彼が、さう云つて奥へはひりかけると、事務所の外が、急に、ざわざわし始める。扉が開け放される。
見ると、数十人の人夫が、入口を塞いでゐる。その中から、献作が、一人前に進み出る。
州太は、無意識に、防禦の身構へをする。とねは、扉の陰にかくれる。
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州太 お前たちは、何しに此処へ来たんだ。
献作 先月分の給料をいたゞきに参りました。
州太 (蒼ざめて)だから、さう云つてあるぢやないか、もう少し待つてろつて……。
献作 待てない奴がゐますんですよ。
州太 そんな奴は使ふな。
献作 旦那、それや、ちつと乱暴でせう。
声 やれ、やれ……。
州太 誰だ、今のは……?
声 大きなお世話だ。
献作 (こつちを向き)手前たちや、黙つてろ。待てない奴は使ふなと仰つしやつたところで、わしはじめ食へねえだから、困るだよ。それも、先の見込みがありや、山林《やま》を売つてゞも、こいつらを養つとくだけど、今んところ、温泉《ゆ》は出る見込がなし、土地も売れたつて話は聞かず……。
州太 そんなことはない。現に、今日も、買ひ手がついた。
声 その金はどうした。
州太 お前たちは、なんにも知らんのだから無理もないが、現金が手にはひるまでには、相当の手続がいる。
献作 そればかりでねえだ。噂によると、日疋の旦那からはもう、資本が下りねえつてこつた。
州太 誰がそんなことを云つた。
献作 悪いか知らねえが、郵便局の時田さんから聞いたゞ。
州太 あの狸め……。
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笑声。
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州太
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