覧。こいつは、なんでも知つてゐるから……。おい、新井、なぜ、そんなところで黙つてるんだ。お前は、おれの片腕だ。もつと飲め。
新井  もう結構です。
州太  馬鹿云ふな。そんな風だから、人夫共に勝手な真似をされるんだ。
とね  余計なこと、およしなさいよ。
州太  今のは戯談だ。新井某は、これで豪傑だよ。足の裏へ釘をさしたま、平気で歩いて御座る。

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表に、自動車の音。
新井が、表へ飛び出す。
やがて、彼は、一人の青年を案内して、戸口に現れる。
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二葉  (その青年を見るなり、悶絶せんばかりに驚き)あら……どうして……?

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青年は、鷹揚に帽子を脱ぎ、一同に会釈して部屋の中にはひる。二葉の婚約者、青木利元(二十七)である。
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青木  (誰に云ふともなく)突然お邪魔して、どうかとも思ひましたが、急に是非(二葉の方を向き)お目にかゝつてお話したいことがあつたもんですから……。
州太  (それと察して二葉に)この方が、なにか……。
青木  始めまして……。僕、青木です。
州太  あゝさうですか。わたし、二葉の父です。
とね  それぢや、(二葉に)あんたのお部屋がいゝでせう。ちよつと掃き出して来ますわ……。

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とね奥に引つ込む
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州太  よくおいで下すつた。あちらでは、また、二葉がいろいろ……。
青木  いゝえ……。前以て電報でもと思つたんですが、その暇に来てしまへるやうな気がして……。割合、便利なとこですね。
州太  いや、今年はまだ……。これでも来年は余程活気を呈するでせう。二葉とも話したことですが……。
二葉  それぢや、お父さん、あちらで……。
州太  うん、わしも、後から行く。
二葉  (青木に)どうぞ……。

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彼女は、首をうなだれたまゝ、先に立つて、青木を奥へ案内する。
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新井  なんだ、さうだつたのか。
則子  あたし、一と目みて、さうだらうと思つたわ。
州太  (満足げに)やあ、わしも気がつかなんだ。さうか。さういふわけか。(新井に)すると、お前は別に用はないから、もう一度駅まで行つて、何か珍しさうな鑵詰を、三つ四つ頼んで来い。それから鶏を一羽とな。序に則子さんを送つて行つてあげろ……。自動車を使つてもいゝから……。
則子  ありがたいツと……。ぢや、さよなら……みなさんによろしく……。

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則子と新井とが出て行くと、州太は、独りで室内を歩きまはる。
長い間――
やがて、とねが、跫音を忍んで現れ、州太の耳もとへ口を寄せ、何か囁く。
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州太  なに? そんなことはわかりやせんよ。第一、他人《ひと》の話を盗聴きなんかするな。
とね  (また、なにか囁く)
州太  そこがいゝとこぢやないか。几帳面な間柄つていふものは、久振りで会つたからつて、さう馴れ馴れしくはせんよ。
とね  いくらなんでも、それや無愛想な口の利き方ですよ。二葉さんは、もう、半分泣いてるやうでしたわ。
州太  いゝから、あつちへ行つて、飯の支度でもしろ。今、新井を駅へやつたが、今夜の間には合ふまい。鶏ぐらゐ、手にはひるかも知れん。
とね  ほんとに、いゝんですか。若いもの同志ですから、どんなことで……。

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彼女はまた、跫音を忍んで、奥へ去る。
州太は、その後から、これも抜足差足で戸口に近づく。
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州太  (声を潜めて)おい、おとね、もう一度、様子を見て来い。なにか、変つたことがあつたら、さう云へ。

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さう云ひ終つて、彼は、戸口に佇んでゐる。
長い間――
やがて、また、とねの姿が現れる。
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とね  (低い声で)詳しい話は、よくわからないんですけどね、なんでも、二葉さんが、あの人に隠してたことがあるらしいんですよ。
州太  隠してたこと? なんだ、それや……。
とね  (制して)駄目ですよ、大きな声をしちや……。二葉さんの方の云ふことがよく聞えないんですよ。男の方ぢや、かう云ふんです。――「それぢや、あなたは、さういふ事実を認めるんだね」つて……。
州太  それで、二葉の返事は……。
とね  黙つてるらしいんで
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