、わたしも、これが自分の最後の仕事だと思つてゐますし、これから先十年、いくら金を儲けてみたところで知れてゐますからね。それより、幾分でも、特色のある事業として、世間にも認められるやうなことがしたいんです。
時田 (とねに)そこへ置いといて下さい。勝手にいたゞくから……。(とね、窓の上に盆を置いて去る)金といふもんは儲けられるだけ儲けようとしなけりや、結局、損をすることになる。あんたの云ふことはよくわかるが、棄てる金があるんでなけりや、人のための仕事なんて、まあ、できつこないね。
州太 それも理屈です。わたしは、これまで、いろんな仕事に手を出して、一つも、満足な結果を得てゐない。あせればあせるほど蹉跌だらけです。一生、金の後を追ひまはしてゐるやうなもんでした。これで、娘の将来さへ安心ができるやうにしておけば、あとは、世間の老人並に、花いぢりかなんかしてゐればいゝんです。
時田 いやに悟つたやうなことを云ひなさるが、あんたの顔には、まだ、野心勃々と書いてある。山で云へば火山さ。油断はならないよ。
州太 さうでせうか。(笑ひながら)まあしかし、さう見えても一向差支へはありませんがね。
時田 雪平の上には、今年もまた五十軒から別荘が殖えるつてね。
州太 法経大学村でせう、あそこのシステムもいゝにはいゝが、わたしはわたしのシステムでやりますよ。あれの真似をしたと思はれるのがいやですからね。
時田 あ、さうさう、序だから、郵便を持つて来た。日疋さんからもなんかあつたつけ。(郵便物を渡す)
州太 (いちいち裏返してみて、そのうちの一通を開封する)
時田 日疋さんもしばらく見えないが、どうしてゐなさるか知ら……。
州太 (それには答へず、黙読を続ける)
時田 (手持ち無沙汰さうに立ち上り)おや、今日は、煙が丸で出てない。またひと暴れするんぢやないかな。
州太 ……。
時田 今年の山開きには、わしも久し振りで登つてみようと思つとるんだが……。
州太 ……。
時田 時に、この前頼んどいた石楠花《しやくなげ》は、まだ手にはひらんかね。
州太 電報を一つ打ちたいんだが、帰りに頼みます。
時田 日疋さんへかね。よろしい。文句だけ云ひなさい。住所はわかつとる。
州太 ちよつと書きませう。
時田 簡単なことなら覚えてるよ。「オンセンデタスグコイ」かね。
州太
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