見なくつても買つて置かうといふものもある。現に、今日手金を打つて行つた夫婦連れの紳士は、是非親戚や友人にも勧めてみると云つてゐた。この調子で行くと、事務所もこれぢや人手が足らんかも知れんぞ。(とねに)新井を此処へ呼んで来い。いゝ年をして唱歌ばかり歌つとる。
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とね、奥へはひる。
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州太 何が悲しいんだか、早く云つて御覧。東京から便りでもないのか。
二葉 今日、久し振りで手紙が来たの。
州太 そんならいゝぢやないか。嬉しくつて泣いたのか。
二葉 まさか……。あたし、一度、東京へ行つて来たいの、そのことで……。
州太 行きたけれや、行つて来るさ。急ぐのか。
二葉 えゝ、明日にでも……。
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新井がはひつてくる。
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州太 駅に待つてるつていふお客さんは、どうした。
新井 今、自動車が迎ひに行つてます……。案内は、先生がなさるんですか。
州太 どんな人だ。
新井 まだ二十六七ぐらゐの、若い男の人です。
州太 二十六七……三十六七だらう。
新井 いゝえ。だから僕、少し変だと思つたんですけれど、土地を御覧になりますかつて訊いたら、あゝ土地も土地だけど、それより先に、丹羽さんの事務所へ案内してくれつて云ふんです。
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とねが、麦酒の代りをもつて出て来る。その後から、則子が続いて現れる。
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州太 やあ、あんたも来てたのか。そいつあ賑やかでいゝ。さあ、お祝ひだ、一杯どうです。
則子 なんのお祝ひでせう。
とね さあ、なんかの前祝ひでせう。注ぎますよ……。(注ぐ)
州太 だが、実に愉快だ。誰にも想像がつかんだらう。このわしの頭の中は……。(則子に)あんたのお父さんなんか、眼前のことばかりしか見えんが、ちつとさう云つておやんなさい。人間は、自分のことを第一に考へちやいかんつて……。わしは、第一に、娘のことを考へてる。第二には、世の中のこと……。それから、第三に、自分だ……。
則子 それで、奥さんのことは……?
とね 第四よ。
州太 いゝや、それが間違つてる。二葉に訊いて御
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