さい。手に入つたもんよ。
とね いやだ。今夜は、そのつもりでゐたのに……。
二葉 こんなところで、雪でも降つたら買物はどうなさるんですの。
とね 軽便は止つちまひますしね。仕方がないから、あるもんで我慢するんですよ。今年の冬なんか、お米がきれさうで、さんざ気を揉みましたよ。
二葉 お米がきれたら、どうするんでせう。
とね 荷馬車が通へばですけれど、さもなけりや、餓ゑ死ですわ。でも、それまでには、誰か、なんとかしてくれるでせう。
二葉 安心してらつしやるのね。
とね 男つて、さういふ時には、わりに役に立つもんですよ。
二葉 ほんとね。あなたつて、面白い方……。あたし、好きよ。
とね (更めて、相手の顔を見る)
二葉 失礼だつたら、御免なさいね。
とね 失礼なもんですか。さう云つて貰へば、これでも嬉しいんですからね。あたしみたいな女にでも、若い時があつて、好きなものは好き、嫌ひなものは嫌ひと、はつきり云つちまへた時代があつたんですもの。今は、何を云つても、人がそのまゝに取つてはくれませんけど、あんたゞけには、ほんとのことがわかつて貰へさうな気がしますわ。
二葉 大変なことになつたわね。あたしは、それほど物わかりがいゝんぢやないのよ。たゞ、人つていふものを、そんなに怖がらないだけ……。無遠慮だと思ふ人は、さう思へばいゝんだわ。その代り、おせつかい[#「おせつかい」に傍点]もしないことよ。
とね 姑さんにしてみたいね。
二葉 なつたげるわ。
とね そこにゐると、水が跳ねますよ。(間)あたしや、東京つていへば四ツ谷しきや知らないんだけど、あつちへいらしつたことあつて……。
二葉 四ツ谷の何処でせう。
とね もう、かれこれ十年以上になりますからね。それも、おほかた病院で暮しちまひましたよ。
二葉 おからだ、お弱いの?
とね ……。
二葉 よく肥つてらつしやるぢやないの。
とね あゝ、いやんなつちやふね。あたしが喋るつていや、みんな下らないことばかりなんだもの。
二葉 どうして? そんなことないわ。
とね あたしが以前、どんなことしてた女だか、あなた知らないんでせう。
二葉 以前のことなんか、どうだつていゝぢやないの。
とね どうせ知れるんだから、云つちまふわね。その方がさつぱりするから……。それとも、誰か話した?
二葉 お父さ
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