時田  わしが来る時は、みんなどつかへ隠れてるのかね。
とね  あんた、お一人……? 変だね。今、話声が聞えたと思つたけれど、耳のせいか知ら……。こゝへ来てから、よくそんなことがあるんですよ。静かすぎるからでせうね。
時田  静かすぎる、それやほんとだ。山鳩の声にでも返事をするつていふのがこの土地の笑ひ話だ。お前さんも、よく辛棒をするぢやないか。
とね  決心ひとつですね。まあ、中へはひつて一服お喫ひなさいまし。
時田  今日はまた忙しいだらう。二葉さんは、やつぱり二時の下りかね。
とね  よく御存じですね。
時田  郵便局をやつとつて、そんなことがわからんでどうする。おい、変な顔色するもんぢやない。中は見ないだつて、手紙の来かたでわかるよ。からだの具合でも悪いのかな。
とね  さあ、どうですか。
時田  かう云つちやなんだが、お前さんからすれや、ちつと具合が悪いな。娘さんの手前、万事、今迄通りつていふわけにも行くまい。大将はどうするつもりか知ら……。
とね  あたしや、どうだつていゝんですよ。ゐてわるけれや、帰るとこぐらゐあるんですから……。
時田  それやさうさ。待つてる人だつてあらうさ。小諸のおとねさんつて云や、わしや、子供の時から名前を聞かされてゐたよ。
とね  (笑つて)さうですか。(しんみり)今の若い人には、丸つきり、かういふ苦労はわからないでせうからね。(間)旦那は、この間うちから、二葉二葉つて、それや大変なんですよ。(間)その娘さんつていふ人が、家《うち》ん中をやつてくれさへすれや、あたしは、まあ、用のないからだですもの。
時田  (わざと素気なく)そこんところは、わしどもにやわからん。
とね  なんか急ぎの御用ぢやないんですか。
時田  ゐどころはわかつてるのかい。
とね  川下に、また新しく湯の出るところがみつかつたらしいんですよ。今日は、そこでせうと思ひます。
時田  今掘つてるところは駄目かね。
とね  その日その日で、わからないんですよ。雲をつかむやうな話ですわ。
時田  この夏までにや、なんとかしたいもんだがなあ。
とね  二葉さんつていふのは、随分、しつかりした娘さんらしいですね。
時田  らしいね。
とね  写真でみると器量もいゝし……。
時田  うちの娘も会ひたがつてるつて、さう云つておくれよ。なにしろ、こんなところで、友達はな
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