水道の木管は、あいつ、どうにかならないでせうか。去年の代金を渡さなけれや、後を寄越さないつて云つて来てるんですが。
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その時、番小屋の裏から、二葉(二十四)がひよつこり姿を現す。朝日を顔いつぱいに受けて、明るく笑つてゐる。
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州太 (新井に)その話は、あとでしよう。(二葉に)よう、もう起きてるのか。どうだ、寒くはなかつたか。
二葉 いゝえ。今、その辺をずつと歩いて来たとこなの。いゝところね。
州太 気に入つたかい。
二葉 なんだか、想像と丸で違ふんですけれど、想像よりは、ずつと大きな、伸び伸びとした景色ね。
州太 これでも、やうやく、人間が住める場所にしたんだ。来年の夏は、あの上の方に、ずつと別荘が建つ。東京の銀座とまでは行くまいが……。自動車も二三台は置くつもりだ。
二葉 来年の夏つていふと、随分間があるわね。
州太 それや、お前、未開から文明へ遷るためには相当の年月がかゝるよ。その代り、それだけのことをやつてしまへば、わしらも、夏だけ此処にゐて、あとは東京でなりなんなり暮せるわけだ。見といで、お前にも好きなやうなことをさせてやるから……。もうひと辛棒だ。
二葉 好きなことつて、あたし、今のまゝで結構よ。それに、あたし……。(さう云ひかけて、番小屋の前のベンチに腰をおろす)
州太 どうした。
二葉 ある人と結婚する約束をしたの。
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長い沈黙。
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州太 それで……。もつと詳しい話を聴かうぢやないか。
二葉 その人、まだ学校へ行つてるのよ。家はちやんとしてるらしいの。市会議員にもなつたことがあるんですつて、お父さんは……。でも、学校を卒業しないうちは、結婚なんか許してくれないでせう。来年の三月までよ、それも……。家の方で変にとるといけないから、勤めなんかよして、しばらくお父さんのそばにゐてくれつて、その人、あたしに頼むもんだから、さうすることにしたの。随分、いろいろ考へたのよ。それや、愛してくれてることはたしかなの。家で許してくれなけれや、そん時は、断然、飛び出しちまふつて、それほど真剣なの。
州太 大丈夫かい、こんどは……。前のやうに、また、金持へ養子
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