よ。
とね  ほんとですね。
州太  うるさいな。
とね  余計な苦労をして、損しちまつた。
州太  何がだい。
とね  あんたが、二葉さんに気兼ねだらうと思つてよ。
州太  気兼でなくもないがね。
とね  それ御覧なさい。
州太  だからと云つて、今更、お前を女中扱ひにも出来まいぢやないか。
とね  うれしいわ。
州太  その代り、しつかり頼むよ。つまらんところで、おれに恥をかゝせないでくれ。
とね  どういふところ……?
州太  考へたらわかるだらう。
とね  わからない。
州太  娘の眼に、おれが道楽者に見えても困るからな。
とね  はつきり云つて頂戴よ。
州太  もう、その話はよせ。おれは今、非常に六ヶ敷い問題を考へてるんだ。子供を裁くのは、なぜ親でなければならんかといふ問題だ。おれは、今、親でありながら、子供になつてみてゐる。さうすると、娘の二葉が、実は、娘のやうな気がしないんだ。丸で母親のやうな気がする。この気持は、ちよつとお前にはわかるまいが、それやしみじみとした、嬉しいとも悲しいともつかん気持だ。もうぢき、あいつが此処へ帰つて来て、われわれ二人を不審らしく見くらべるだらう。その時、おれたちは、なにも云ふまい。あいつは、きつと、万事を察しるだらう。おれたちは、そつと、あいつの顔色を見よう。おれは、あいつの眼から、すべての色を読むことができる。若しそれが、憤りか蔑みの色だつたら、おれは、手をついて、あいつに赦しを乞ふつもりだ。
とね  ……。
州太  お前には、おれの過去といふものを、まだ話したことがない。あいつの母親は、あいつが生れるとすぐに、おれたちを捨てゝ行衛を晦ましたのだ。いや、晦ましたわけではない。おれには、今、その女が、何処で何をしてゐるかさへわかつてゐるんだ。
とね  ……。
州太  おれが今、なぜこんな話をして聞かせるかと云へば、あいつが今日、この家の中へはひつて来るまでに、それだけのことはお前に知つておいて貰ひたいからだ。あいつが女学校を卒業すると間もなく、おれは、裸一貫に借金を背負ふからだになつた。あいつは、自分で、食ふ道を探し出した。おれがこの仕事をはじめるまで、丸三年、あいつは、親から一銭の小遣も貰つてゐない。
とね  ……。
州太  去年の春、おれは、久々で、あいつに晴着を買ふ金を送つた。それと一緒に、おれも、二十五年振りに、お
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