努力をするといふことは、われわれの祖先の生活を比類なく美しいものにしたのであります。
 そして特にわれわれが知るべきことは、さういふ美しい生活の形式と内容が、誰の考案といふこともなく、長い年月のうちに、時代々々の趣きを加へ、築きあげ、鍛へ、磨かれて来て、はじめて完成の域に達したといふ事実です。これは、さういふ生活を土台として生れた芸術についても云へることで、日本の美は、一人の天才がこれを創り出したといふやうなものは少く、殆どすべては、歴史そのものが、ある時代といふ「天才」の力を得て、無名の傑作、天衣無縫の名品として、この国に与へたもののうちに宿つてゐるのです。
 われわれは先づ、それゆゑに、日本の伝統のうちにこそ、真に日本的な「美」を発見すべきです。一つ一つの物の形に囚はれず、その形を生み出した精神に触れることが、伝統の神髄をつかむことです。それと同時に、「新しい美」の正しい味ひ方をも会得しなければなりません。建築、美術、音楽、文学、演劇、映画などを通じ、新しい時代を呼吸する「美」について、理窟の上でなく、感覚と情操の力で、十分の見分けができるやうに訓練を積むことが必要です。
「美しい
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