とも、戦時生活の緊張と混乱のなかでは、往々、人間と人間との接触に、平生は見られない嶮しさ、刺々しさ、冷たさが生じ易いのです。「愛情の喪失」とまでは云へませんが、少くとも、「愛情の凍結」であります。殊に、見知らぬ他人同士の間に多くそれが見られます。近いものは一層近づき、遠いものは益々離れるといふやうな傾向ですが、時によると、近いものの間でさへ、ふとした動機から、心のつながりがなくなるといふ例が間々あります。
 しかしながら、戦時生活が、今迄の赤の他人同士を、ぐつと近づけ、親しい間柄にした例もなかなかたくさんあります。都市に於ける隣組や、いろいろな団体の緊密な連絡から、それがはじまつたやうに思はれます。
 もちろん、新しい利害関係や、事務上の必要から相接近するといふやうな場合は勘定に入れないとして、戦時生活の全面に亘つて、「同胞愛」といふ問題が大きく浮びあがつて来たことは争はれぬ事実であります。
 戦線において示される勇士たちのいはゆる「戦友愛」はその典型的なものでせう。
 共に歓び共に苦しむことは、云ふまでもなく、「愛情」の最も自然な出発であり、帰着でありますが、それがためには、協同の目
前へ 次へ
全62ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岸田 国士 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング