しろ、草木にしろ、生物にしろ、乾《ひ》からびるといふことは、養分がなくなることで、機能の衰退、死滅を意味します。
 人間の日常生活に於て、身体の栄養以外に、心の栄養といふものが考へられます。空気や水に匹敵するものもあれば、調味された食物に比ぶべきものもあります。そして、栄養は、これを外から吸収消化するために、身体にそれぞれの機関が備はつてゐる如く、精神も亦、外部の栄養を摂取し、これを精神的血肉とするために、必要な機能を備へてゐなければなりません。
 この外部から受け容れる栄養の豊かさと、内部に於ける働きの円滑な状態を指して、「生活のうるほひ」と呼ぶのであります。
 従つて、「生活のうるほひ」は、あくまでも精神の問題であつて、決して物質の乏しさに脅かされるものではありません。むしろ、物質的なものを極度に節約して、精神的なもので生活を満たすことこそ、生活の真の「うるほひ」と云へるのです。
 戦時生活の、いはゆる「物資欠乏」を伴ふことは、われわれの既に経験しつゝあるところであります。ところが、その「物資欠乏」が、われわれの精神に及ぼす影響は、戦時生活の他の面、即ち、戦場の消息とか、敵機の襲来
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