本質を失つてはならず、それと同時に、「娯楽」を楽しむために、「勤労」を少しでも犠牲にすることは許されません。といふ意味は、「勤労」の種類にもよりますが、計画的に進められ、能率増進のために与へられた「娯楽」の時間を善用する以外に、いはゆる「生活の余暇」を個人的に利用する「娯楽」は、努めて、仕事の妨げにならぬやうな、仕事に用ひる力を消耗させぬやうな種類のものを選ばなければなりません。

 一体、「娯楽」と云へば、外に求め、外から与へられるもののやうに思つてゐるのは根本的な間違ひで、「映画」は殆ど唯一の例外と云つてよく、「演劇」をはじめ、すべてその気になれば、自分たちの手で自由に出来るものばかりです。
 素人演劇については、大政翼賛会文化部編纂の「指導書」がありますから、その精神と実際のやり方を参考にしてほしいと思ひます。

[#7字下げ]八[#「八」は中見出し]

「娯楽」についてはこれくらゐにしておきますが、「生活のうるほひ」について、もう一つ最後に附け加へたいことは、適当な言葉が見つかりませんが、「人との交り」でもよく、たゞ「語らひ」と云つてもよい、つまり、家庭の団欒をはじめ、人を訪ねたり訪ねられたり、また幾人かが一と所に集つて、ゆつくり歓談したりするといふことです。
「社交」といふ言葉は、西洋風に聞え、更に、なんとなく形式張つてゐるやうで、しつくりしませんが、要するに、人と人とが親しく交り、互に心情を吐露することによつて、人柄と思想の面白さに触れ、親愛の度を増し、気持がなんとなくほぐれるといふことは、誰しも屡々経験するところでありませう。
「非社交的」などと云はれる人々は、それはそれで思ふところあつてなのかも知れませんが、戦時生活運営の協同責任者としては、ひとつ是非、考へを変へてほしいものです。
「人嫌ひ」といふ極端な性格も昔からあるにはありますが、モリエールの描いたアルセストほど哲学的でもなく、たゞ、面倒だから、うるさいから、では話になりません。多くは、自分の我儘を棚にあげての強がりに過ぎぬと思はれます。
 人と話をするといふことは、実際、相手によつてうんざりさせられることもありますが、自分の方が案外相手をうんざりさせてゐる場合もあることを反省し、知識交換などと慾張らずに、たゞ「話」をするのが面白い、楽しいといふやうな交際を、青年のうちに努めて心掛け、しまひには、たゞぢつと顔を見合つてゐるだけで心が和むといふやうな、また、口数は少いが、何か云へばきつと味ひのあることが云へるやうな、さういふ互の修業を積むことが、日本人の「生活」をもつと「うるほひ」のあるものとするでせう。
 これで「戦争と文化」といふ題下に、主として、心身の健康について、「武」の精神について、「生活のうるほひ」について説いたことになります。この何れからも、戦時に於ける国民の、特に青年の「たしなみ」の問題が引き出せますが、これは題を改めて、次の章に譲ることにしました。

[#7字下げ]九[#「九」は中見出し]

 さて、「戦争と文化」について、なほ云ひ落してはならないことは、今次の戦争によつて今迄の「文化」がどういふ風に変つていくかといふ問題であります。
「米英的」な文化がわが国並びに東亜から一掃されるであらうといふことは、われわれの信念であり、また、事実それを目的として戦争が行はれてゐるとみなければならないのですが、そもそも、「米英的」文化とは何を指すかといふことになると、これは非常に単純なやうで、実は複雑な課題であります。
 無暗に英語を排斥してみたり、自由主義や民主主義が米英的だといふので、それがどんなものかもわからずに、自由主義と民主主義はいかんと騒いでみたりしても始まりません。
 そこで、私が青年諸君に云ひたいことは、「文化」や「思想」の問題は、ひとまづ、それぞれの指導者の指導に従ふこととし、先づ何よりも、敵国並びに敵国人を憎悪する気持を、更に一層、自分の心の中で燃えたゝせてほしいといふことです。
 その際、仮りにも誤つてはならないことは、いはゆる「坊主憎けりや袈裟まで憎い」といふ流儀で、物事を処理する単純主義に陥ることです。極端な例は、英語で書かれた書物を地上に投げつけて、快哉を呼ぶといふやうな子供じみたことです。
 しかしまた、米英にも学ぶべきところがあるといふやうなことを公然口にし、また、腹の底で繰り返し云つてみるといふやうな煮えきらぬ態度は、断然一擲すべきです。そんなことは、今問題ではないといふことに気づかなければなりません。良心とはそんなものではなく、冷静とはかくの如きことを指すのではありません。若し必要あつて米英の書物を読むなら、むしろ、今こそ敵愾心を以て、その書物の内容を戦利品の如く利用すべきです。戦ふものの当然の心理は、国民の間に共通
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