に動いてゐなければならず、強ひてこれに反するやうな表現をもつて己の意見を述べるのは、国民としての「たしなみ」でないといふことを深く知つてゐてほしいと思ひます。
戦争はたゞ米英文化をわが国並びに東亜から一掃するだけではありません。わが国の文化を、正しい伝統に引戻し、これを更に発展させると同時に、東亜諸民族の生活の上に光被せしめる使命と力とをもつてゐます。
こゝにも亦、青年の負ふべき大任があります。青年は、先づ学生生徒として、身をもつて、明日の文化を築く地位に立ち、更に兵士、その他として戦線に赴き、直接間接、後進民族に誘導の手を差しのべなければなりません。日本青年の一挙手一投足は、そのまゝ若き日本の姿として、彼等の眼に映り、彼等の興味を惹き、彼等の夢をかきたてるでせう。
新しい日本の、伝統に根ざした文化の様相については、前二章であらましのことは尽したつもりですが、それらの説明でもわかるやうに、もちろん、「文化」とは「文化」の名を常に冠して存在するものではありませんし、これが「文化」だと意識しながら、それを創り、また受け容れるものでもありません。
例へば、この戦争で、ありがたいことには、科学者も芸術家も、みな旧套を脱して、国家意識に眼ざめ、それぞれ専門の知能を傾倒しつゝ、直接間接に国力増進の運動に参加するやうになつて来ました。
医師も、今までは、特別の勤務についてゐるものは別として、大体開業医といふものは、自分のところに来る患者の診療に当るだけが仕事で、早く云へば、病気になつたものだけを相手にしてゐたのですが、これからは、国の方針として、すべての医療関係者を一丸とし、国民保健、即ち、病気の予防に主力を傾けることになる筈です。
演劇や映画の企業も、これまでの営利主義を一擲し、国家の統制の下に、企画製作を通じて、戦争完遂を目指した直接の啓蒙宣伝に一層協力することはもちろん、大東亜文化の樹立に先行する、気品と情熱に富む作品の出現を促すでせう。
教育の問題は、既に一応形式上の決戦体制は整へられ、国民学校の確乎たる基礎の上に、青年学校の充実、中等学校以上の年限短縮など、相当画期的な処置は取られましたが、更に進んで、教育内容の刷新が着々進められようとしてゐます。
工科系統の学校増設、収容人員の倍加が著しい戦時色の現れであり、師範学校の昇格は、国民学校の重要性を一段と認識させるに役立ちました。
いづれにせよ、教育は学校のみで行はれるものではないといふ当然の事実が、国家の教育政策として漸く実践的に取りあげられ、家庭教育、社会教育を重視するについても、特に、職場教育とも云ふべき、実務を通じての心身の錬成が、結局、国民教育の仕上げであることを、一般に誰もが同意するやうになりました。非常な教育観の飛躍でありますが、実は、このことは、既に、軍隊教育に於ては試験済みであり、かつ、ナチス・ドイツの例などを引くまでもなく、嘗ての日本人は、総て、家庭と道場と職場に於て、それぞれ、躾けられ、鍛へられ、錬られたのであります。
[#7字下げ]一〇[#「一〇」は中見出し]
最後に「宗教」について一言します。
こゝで私は、自分の信仰を基礎として、宗教を語ることができないのを遺憾に思ひます。それならば寧ろ、宗教について何も言はぬがよいとも考へましたが、「戦争と文化」といふ題を掲げ、遂に一言も宗教に触れないといふことは、なんとしても片手落でありますから、たゞ、私一個の感想として、宗教が今日在るがまゝのかたちでなく、明日若しも真に人々を信仰の道に引入れることができるならば、これこそ、戦ひつゝある日本にとつて、絶大の力となるであらうといふことを申すに止めます。
それにしても、現在の宗教になんの力もないといふのではありません。神、仏、基、それぞれの宗教は、その教義と、これを説く人の人格と、伝道の方法如何によつて、十分青年の求めるものを与へ、その悩める魂を救ひ得るものと信じます。
特に、神社参拝に見られるいはゆる国体並びに祖先尊崇の国民的信仰は、これを宗教と区別するやう、国家が夙に命じてゐるのですから、宗教と云へば、宗派神道、仏教、基督教、それに僅かの回教があるだけです。
故に、国民的信仰と宗教的信仰とは、まつたく両立しないものではなく、憲法の章条を引用するまでもなく、国民はすべて、個人または家族としての宗教を奉ずることによつて、安心立命の境地を獲得することができます。
のみならず、私は敢て云ひますが、青年時代からある宗教の門を潜るといふことは、深い信仰に達するかどうかは別として、少くとも、精神の修練にいくらかの益があるのではないでせうか。最近の社会風潮は、多くの青年が宗教を離れたための、憂ふべき現象に満ちてゐるやうにも思はれます。「天晴れな度胸」と
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