敬意を表したのであります。しかしそのお医者さんに私は恐る恐る尋ねたのであります。その土地は日本でも有数な結核の多い、また乳幼児の死亡率も近年非常に増加してゐる、その土地の只中に住んでをるお医者さんであります。そのお医者さんが、況んや自分の住んでをる土地の健康乃至衛生の問題について、どの程度の関心をもつて、それに対してどの程度の対策を講じてをられるか、不幸にしてそのお医者さんは、自分一個の病院の経営に没頭してゐる以外、その土地の保健衛生の問題について、どこにも働きかけたといふ事実を知らなかつたのであります。従つてさういふ質問をしたのでありますが、そのお医者さんは「さういふことは社会施設乃至公共事業としてやるべきで、つまらん医者がやるべきでない、開業医がさういふことに嘴を出す必要はないぢやないか」といふのであります。成程今日まではそれで通用したかも知れないが、この時局に国民悉くが新しい国家の態勢を整へるために協力しなければならない時代におけるお医者さんの考へとしては、聊か古いのではないかといふことを感じ始めたのであります。
その後で極くうち解けて話をすると、成程そのお医者さんは、自分一人
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