を、私自身の経験によつてそれを見、感じてゐるのであります。またこれは吾々日本人悉くが九州といふ土地に対して、信頼と敬意とを払ふ所以であると思ひます。
吾々が日本に新しい文化を建設するこの時代に、さういふ理想をもつてここに立ち上つたときに、平和に狎れ安逸に溺れた奇矯脆弱な文化的の払拭といふことを、まづ考へなければならないのであります。
一方乱を好み戦ひを事とする蛮勇もまた、決してわが日本の国ぶりと相容れるものではございません。文武両道は我が祖先の嗜みを承け継ぎ、花も実もある精神と、行動とを、吾々の全人格によつて、全生命によつて示すことが今日只今より必要なので、私が九州の雄々しい土地柄に期待するのは、全くこのためであります。
九州の伝統的文化は、日本歴史の貴重な頁を占めるものでありますが、現在においてその精神がどこまで活かされ、その精神の上にいかなる風俗が作られてゐるかを、皆様自らお考へ願ひたいのであります。日本全土を掩ふ或る意味における不健全性――これは九州といふ土地になんの係りがない現象でありませうか、正しいことを行ふものが、越え難い障碍を感じてゐるやうなことはないでありませうか、身分、職業、年齢に応じて、その各々の務を果すべきことを、ちやんと心得てゐるものばかりでありませうか、ほんとうに美しいものが美しいものとして通用してゐるのでありませうか。みんなが充分にその総力を発揮してをりませうか、生きてゆくため必要な才能と技術とをみんなが持合せてをりませうか、仕事の能率が挙つてをりませうか、過度に疲労してその回復さへできないといふやうな状態のものがないでありませうか、人と人との接触が不必要にトゲ/\しくなつてはをりますまいか、纏る話も纏らないといふやうなことはないでありませうか、自ら心を娯しませるといふ協力が、すべての人にできませうか、国民としての品位を誰かがどこかで考へてをりませうか、同胞として真に相許し、力を協せて共同の目標に向つてゐる者のみでありませうか、日本を立派な国にするため、まづ郷土を理想化することを考へ、その計画を誰かがどこかでしてをりませうか、またそれを誰かが立派に指導してをりませうか、団体の個人主義、専門の割拠主義、権力あるものの独善主義はないでありませうか、そのために職域奉公が甚だ不完全だといふ部分が、どこかにありますまいか、殊に文化職能人の偏狭さが政治と生活から文化そのものを游離させてゐるといふ事実がないでありませうか。かういふ事実は、別段私がここで九州の文化について特に非難がましいことを申上げるために列挙したのではありません。日本の文化機構或は文化現象を通じて見る、一つの弊をここで算へたのであります。若しかういふ点があつたならば、それだけでも今日九州における文化運動の大きな第一着の仕事があるのであります。
これは九州ではありませんが或る地方で或る一人の名医と称せられる人がある、このお医者さんは土地の信望もあり、またその技術においても非常に優れた人であります。従つてその病院には多くの患者が殺到するといふ有様であります。このお医者さんは医師界の新体制といふことについて話をする際に「自分の処に来る患者を、良心的に医者としてできるかぎりの努力を払つて治療してやることが医者の道である。それ以上なにをする必要がある。医界の新体制とか旧体制とかいふことは、医者だけしてゐないから問題になるのである。自分はさういふ意味において旧体制も新体制も超えて永遠の体制によつてやつてゐるのだ」といふことを云はれてをりました。私はその信念について非常に敬意を表したのであります。しかしそのお医者さんに私は恐る恐る尋ねたのであります。その土地は日本でも有数な結核の多い、また乳幼児の死亡率も近年非常に増加してゐる、その土地の只中に住んでをるお医者さんであります。そのお医者さんが、況んや自分の住んでをる土地の健康乃至衛生の問題について、どの程度の関心をもつて、それに対してどの程度の対策を講じてをられるか、不幸にしてそのお医者さんは、自分一個の病院の経営に没頭してゐる以外、その土地の保健衛生の問題について、どこにも働きかけたといふ事実を知らなかつたのであります。従つてさういふ質問をしたのでありますが、そのお医者さんは「さういふことは社会施設乃至公共事業としてやるべきで、つまらん医者がやるべきでない、開業医がさういふことに嘴を出す必要はないぢやないか」といふのであります。成程今日まではそれで通用したかも知れないが、この時局に国民悉くが新しい国家の態勢を整へるために協力しなければならない時代におけるお医者さんの考へとしては、聊か古いのではないかといふことを感じ始めたのであります。
その後で極くうち解けて話をすると、成程そのお医者さんは、自分一人
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