川口一郎君の『二十六番館』
岸田國士
今月の二十三日から、築地座が飛行会館で上演する戯曲の一つに、『二十六番館』三幕といふのがある。作者は川口一郎君、恐らくこの名前は、まだ多くの人に知られてないだらう。
とかく今日までの新劇は、概ね雑誌文学の影響を受け、創作戯曲と称するものも、真の意味に於て、舞台的写実の妙境に達し得た作品は絶無と云つてよかつた。然るに、川口一郎君は、この処女作に於て、全く時代のスノビスムをよそに、戯曲の本質的生命を周密犀利な観察のうちに求めて、全篇、堂々たる「舞台の脈搏」を感じさせる大戯曲を書き上げたといふことは、時節柄、愉快に堪へないことだ。
舞台は紐育だが、人物は悉くわが移民の群である。そこには、「根こぎにされたもの」の姿が、特殊な雰囲気のうちにそれぞれ面白く描き出され、諧調に富む心理的リズムが、この無装飾に近い「ビルディングの物語」を、切々たる「生活の詩」ともいふべきものにしてゐる。殊に、見逃してはならないのは、この戯曲が、如何にも「舞台を心得た」技巧の数々を、細かくはあるが、惜し気もなく使つてゐるといふことだ。しかも、その技巧たるや、恐らく作者が亜米利
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