さうさう、貯金をしなければならん、無駄使ひはしないやうにしよう」と、神妙に自分に云ひ聴かせながら立ち去る一人の青年を想像してみます。このポスターの効果は満点に違ひありません。
 ところが、このポスターの標語に、ふと、なにか「味気ない」ものを感じ、「貯金はたしかに必要だが、かういふ奨め方をされては、どうも……」と、一瞬、顔を曇らして歩き出す青年の姿が、なんとしても私の眼の前にちらつくのは、いつたいなぜでせう。
 この標語の「効果」については、私は強ひて問題にしません。たゞ、この標語から受ける国民の、殊に青年の印象を、「日本の文化」といふ立場から考へてみますと、これは決して、日本の気高いすがたを映したものとは云へないのみならず、逆に、甚だ日本的ならざる、露骨な実利主義の、それも、国語の滋味ある語感と、伝統的な美しい生活感情とを無慙に傷つけて恥ぢない、一種の冒涜が得意げに行はれてゐるからであります。
 なぜなら、ほとんど誰でもが云はれてみれば気がつくやうに、「花より団子」とは、一種の自嘲的諷刺であり、少くとも、花見といふのに、花はそつちのけで、食ひ意地ばかり張つてゐる人間を軽く嗤つた、庶民の
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