あります。

 もともと、「身だしなみ」といふのは、飾りといふ意味での服装だけについて云ふのではありません。むしろ、頭から爪先までといふ全身にくばられた用意のほどを意味するのであります。何処へ出ても、人間としての矜りを保ち得るだけの身支度であります。
 そこで、あまり「身だしなみ」にこだはつて、却つて不自然な、男ならばこせこせした印象を与へるといふやうな結果になることがあります。これはもう、ほんたうの「身だしなみ」ではなく、一種の虚飾であり、日本的な「嗜み」を失つた浮薄で柔弱な趣味の持ち主だと私は思ひます。「身なりをかまはぬ」といふことが、どうかすると、逆にその人柄の美しさを褒めた言葉として用ひられるのは、さういふ現象に対する皮肉であります。
 フランスにも、エレガンス・ネグリジェといふ言葉がありまして、「身なりをかまはぬやうにみせた身だしなみ」を指すのであります。「なげやりの美しさ」であります。かうなると、おしやれの道は、東西その軌を一にしてゐると云はなければなりません。

[#7字下げ]一〇[#「一〇」は中見出し]

「身嗜み」についてはこれくらゐにしておきまして、次には、「時と場
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