名詞になると、「趣味好尚」といふ意味から、「心がけ」「用意」「覚悟」の意味ともなり、「慎み」といふ意味にもとれ、「身だしなみ」と云へば身なりを整へることでありますが、「たしなみがある」といふことは今の言葉で云へば、「教養がある」といふ意味にまづなるのであります。
この言葉は、どちらかと云へば、久しく、忘れられてゐた言葉で、相当年配の人の間でしか普段は使はれてゐなかつたやうに思ひます。
私は是非とも、この言葉に今日の新しい生命を与へ、国民錬成の正しい拠りどころとしたいのであります。
私は今、参考のために大日本国語辞典を引いてみてゐます。「嗜み」の項に、太平記からの引用があります。「朝暮《あけくれ》只武勇の御嗜みの外は他事なし」。それから、狂言の連歌毘沙門から「小刀は持ちませぬ。たしなみの悪い者共ぢやな」といふ句が引いてある。「武勇の嗜み」とは武芸の修業でありませう。刀を持たぬので「たしなみがわるい」とは、心掛けがわるいといふ意味です。が、こゝではそれがもつと強い意味、即ち、面目にさへかゝはる失態だぞと「たしなめる」意味が籠つてゐます。「嗜む」の項には、今鏡の「さやうに道をたしなみて
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